柿の木に胡桃がなったよ

chapter 1.

僕の家は、とある片田舎の町にあった。それほど大きな家ではなかったが、小さな庭を持っていた。庭には柿の木が一本立っており、一年置きに大きな実をならせた。子供の頃、柿の実がなると父と一緒に木に登り、熟し切る前にそれをもいだ。甘柿ではなかったので、母がそのヘタに焼酎をしみ込ませた綿を付け、ビニールを敷いた段ボール箱にきれいに並べて入れ、何週間か置いた。柿はその段ボールの中でとても甘く、おいしく変わるのだった。家族三人で食べるには多すぎるので、近所に配ったりもした。

柿の木は壁のすぐそばに立っていて、秋になると取り残した柿の実や葉っぱが隣家に落ち、迷惑をかけていた。とはいえ、隣家に住んでいたのはとても気の優しい老夫婦で、それを掃除するのが楽しみであるかのようにほほえみながら箒で掃いていた。もちろん、隣家にもおいしい柿を配った。

確か僕が九歳の時である。その隣家に若い家族が引っ越してきた。老夫婦の息子一家で、僕の家と同じく一人だけ子供がいた。しかも、その子の年は僕と同じであった。ただ違ったのは、その子は女の子であるということだった。彼女の名前は胡桃といった。その頃はもちろんこんな難しい漢字を知らなかったので、くるみ、とひらがなで憶えていた。くるみはとても活発で、まるで男の子のように元気よくはしゃぎまわった。人見知りもせず、それで僕とくるみはすぐに仲良しになった。

「くるみ、くるみ」と壁越しに呼ぶと、「あきら、今、行く」と答え、時々は壁を乗り越えてやってきた。ある時は僕の家で怪獣ごっこをしたし、ある時はくるみの家で警官ごっこをしたし、近くの公園で走り回ったりもした。

くるみが越してきたのは、冬だったと思う。庭に大きな雪山を作って穴をあけ、家を作って遊んだ記憶がある。くるみが中に入っている時、雪山が崩れて埋まってしまった。僕があわてて母を呼びに行ったら、くるみは自力で抜け出しており、にこにこと笑いながら、「ああ、びっくりした」と、ケロッとしていた。

春先には老夫婦と一緒にふきのとうを摘みに出かけた。二人とも田んぼに落ち、泥だらけになって帰った。夏には近くの海水浴場に行った。僕の海水パンツにはあの頃流行っていたTVマンガのヒーローの絵が付いており、くるみは僕の海水パンツのほうがいいからとりかえようと言って駄々をこねた。

そして秋には柿の木に登り、一緒に柿の実をもいだ。その年は特に豊作で、木の下の方からてっぺんまでみごとな大きさの柿がたわわに実った。僕が恐くて登れないような高い所へもくるみは平気で登ってゆき、実をもいでは下で待っている僕に放ってよこした。その様子を壁越しに見ていた老夫婦は、「ああ、柿の木に胡桃がなったよ」と言って笑った。それを聞いていた僕の父も笑った。そして僕とくるみも笑った。

しかし、そんなふうにくるみと一緒に遊んだのは、そのたった一年間だけだった。再び雪が積もり始めた頃、くるみは両親と共にどこかへ去り、隣家にはまた老夫婦二人だけが残った。くるみがどこに行ったのか、遠い所としか聞かなかった。もしかすれば町の名前を聞いたかもしれないが、記憶にはない。

後から考えると、あの一年間、くるみ以外の子と遊んだ事が無かったような気がする。それくらい、くるみと遊んだ思い出は、九歳の思い出にしては鮮烈に頭の中に残っている。

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