柿の木に胡桃がなったよ

chapter 3.

大学は親元を遠く離れた所にストレートで入った。それほどレベルが高い学校ではなかったが、国立で、満足のゆく結果であった。親と離れて暮らす事には何も抵抗を感じはしなかった。しかし、生まれた町から遠く離れる事が寂しかった。

 大学生活は無気力と非難されても仕方のないようなものだった。自分自身、それは十分に気付いていたのだが、何も改めることなく毎日を流されるだけに過ごした。サークル活動をするでもなく、勉強も落第しない程度にしかせず、静かに時が流れるのを感じる日々だった。あいかわらず過ぎ去る時間にやるせなさを感じていたが、もうそれに対して何もできる事はないのだと諦めるようになった。

大学二年の時に両親が再び引っ越しをした。今度の転勤は遠かった。そのため、帰省の時にも僕は生まれ故郷に帰る事がなくなり、何か根を失った気分を感じた。自分の無気力感はさらに増し、何をするでもない日々はさらに続いた。自分は波間を浮遊する海藻だと認識していた。

恋人は全くできなかった。そもそも人と話す事が少なく、友人がいなかった。家庭教師のアルバイトをやったが、マンツーマンで話をするのが面倒くさく、学習塾の講師に切り替えた。教室で一方的に話をして終わる、そんなほうが気が楽であった。親からの仕送りは十分だったので、その講師のアルバイトも半年しか続けなかった。

留年をする事もなく、四年間で大学を終えた。就職は教授の勧めで、大学のある市の中堅商社に入った。仕事は勉強よりも面白かった。とはいえ、進んで残業をしている同僚の気がしれず、自分はあまり残業をしなかった。会社からは真直ぐに家に帰り、食事を作ってテレビをながめて寝る、ずっとそういう毎日をおくった。遊びは全然しなかった。世間で言う遊びは僕にとっては面倒くさく疲れるだけのもので、むしろストレスが溜った。どうせ「遊ぶ」なら、庭を駆け回ってただはしゃいで、子供の頃のように遊びたいなと思った。木に登って柿もぎをして遊びたかった。

ある日、通勤の帰りに普段と違う道を歩いたら、りっぱな柿の木がある家を見かけた。大きな庭を持った家で、勝手口の近くに柿の木が植わっていた。

枝は少しだけ道路にはみだしており、たぶん秋には道に葉を落とすだろうと思った。その日以来、帰り道には必ずそこを通るようにした。

 夏も終わりになり、その木に柿が実った。橙色の柿を見た時、長い間忘れていたあのくるみの事を突然思い出した。くるみと駆け回ったあの遊びはとてつもなく面白かったな、あれがあまりにも面白すぎたから、僕にはもう他の遊びがつまらないのだな、と気付いて、僕はあの小学生の頃を頂点とする人生を持っているのだと思うようになった。残りの人生は坂を惰性で下るだけなのだと自分に言い聞かせるようにし、日々少しずつつまらなくなってゆく生活に諦めを感じた。

正月に親の所に行ったが、僕はそれを帰省とは思わなかった。父に、あの土地は今どうなっているのかと尋ねたら、駐車場のままだと答えた。

特に僕が尋ねたわけでもないのに、父は、柿の木もあのままだと付け加えた。僕はそれを聞いてとてもほっとした気持ちになった。僕はあそこに帰りたがっているだなと、自分の気持ちに気付いたのは、その時が初めてだった。

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